和光の由来や、歩んできた歴史をご紹介します

こんにちは ゲストさん 会員登録 | ログイン

歴史探訪

埼玉県和光市歴史探訪
和光市の概要
和光市は、埼玉県の南東部にあり、西側は朝霞市、東側は荒川を挟んで戸田市と隣接しています。また、南側は東京都練馬区と板橋区に隣接し、市域は都心から15〜20キロ圏内となっており、豊かな自然環境と便利な都市環境を合わせ持つ街です。市内には東武東上線や地下鉄有楽町線、東京外環道など、鉄道や道路の幹線が縦横に走り、交通至便の住宅都市として急速に開発が進みました。近年、和光市駅周辺整備では、北口区画整理事業を促進し、東京外環道などの道路ネットワーク整備やバリアフリー化、バスなどの公共交通サービスの拡充を図っています。

和光のあゆみ
天平5年(733年)の「続日本記」によると、『武蔵国埼玉郡の新羅人徳師ら男女五十三人、請によりて金の性となす。』という記録が残っています。この頃から和光市には人が住んでいたことになります。和光市には古代の遺跡が分布しており、古くから人々が生活していたことがうかがえます。市内の花ノ木遺跡からは「ひのし」が出土しています。「ひのし」とは今でいうアイロンのようなもので、金ゴテのような形をしています。この時代の服は麻が主流で、麻はアイロンをかける必要などありません。アイロンを必要とする服は絹で、この時代に絹を着ていたのは役人か渡来人だけでした。このことより、渡来人や位の高い役人が住んでいたということも分かります。

江戸時代には川越街道白子宿が置かれ、宿場町として賑わいました。明治17年(1884年)に連合戸長制施行により、当時の和光地区に上新倉村・下新倉村・白子村が設置され、その5年後、町村制施行に伴い、新座郡新倉村(旧上新倉村)・白子村(旧下新倉村と白子村が合併)が発足しました。

昭和18年(1943年)に新倉村と白子村が合併し、北足立郡大和町となり、昭和45年(1970年)に、大和町が市制施行に伴い名称変更して、埼玉県で29番目の市として和光市が誕生しました。
戦後は、本田技研工業の進出により急速に工業化が進みました。以来、東京の近郊都市として発展を続け、現在も大きく躍進を続けています。


和光の名前の由来
市制施行時、神奈川県大和市や、同時期に市制施行する東京都東大和市と区別する為に一般公募され、「和光市」と名付けられました。語源は「大和の光」から来ており、平和・栄光・前進を象徴しています。


和光の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
和光市役所図書館
住所: 和光市本町31-1 [地図を見る]
電話番号: 048-463-8723
開館時間: 10:00〜20:00(火曜日〜金曜日)
10:00〜18:00(土曜日、日曜日、祝日)
休館日: 月曜日、12月を除く毎月第4木曜日、特別図書整理期間12月28日〜1月4日
入館料: 無料







特集

ケータイで無料釣りゲーム!

e-まちタウン携帯版で無料釣りゲーム「釣り☆タウン」が遊べる!

改行

ドラマ・映画ロケ地ガイド

特撮・アニメ仮面ライダーキバ

場所:新河岸川の新倉橋
スケボーをしていた橋(16)

改行